【コラム】忘れ去られたまま過ぎ去った数十年の時計の針をゆっくりと一緒に巻き戻していくということ

時に話しが二転三転したり、同じことの繰り返しになったり、肝心なことが抜け落ちたりすることも少なくない。したたり落ちる汗をぬぐいながら、粘り続けて言葉を引き出し、次なる言葉を待ち続ける。でも、ぼくはこの時間が限りなく豊かなものであると感じる。

日系人たちも多く通った、戦前ダバオの日本人学校。

彼らの日本人父との戦前の生活は、太平洋戦争の勃発とともに無残に破壊された。ダバオのあちらこちらにも、その戦争の傷跡が残っている。戦後は、日本人への強烈な反日感情の矢面に立たされ、社会的経済的制裁を恐れ、息を潜めるようにひっそりと生きてきた残留日本人たち。

フィリピンに数千人規模で残留した彼らの存在は、戦後の日本社会からほぼ顧みられることなく、現在にいたっている。厚生労働省が全面的に救援し国籍回復を果たしてきた中国残留孤児とのあまりにも大きな落差。その失われた戦後を一緒にたぐり寄せ、取り戻していくための第一歩が、先述の聞き取り調査である。忘れ去られたまま過ぎ去った数十年の時計の針をゆっくりと一緒に巻き戻していく経験は、ぼくにとっても、人生とは何かを学ばせていただく豊かで大切な時間となっているのだ。