【コラム】なぜドゥテルテ政権は「反テロ法」成立を急ぐのか

国民の支持を失った第二期アロヨ政権(2004-2010)が、国軍を統治の基盤に据えて以来、一部国軍の暴走が進み、NPAだけでなく、バヤン系組織も掃討の対象にするようになった。武器を持たぬ住民組織のメンバーを狙って暗殺していくのは不正義に他ならない。だが、国軍や自警団からすれば、バヤン系組織はNPAによる武装闘争の後方支援者であり、その破壊はNPAとの内戦に勝利するために不可欠だというのである。国軍や自警団による「政治的殺害」が横行し、アロヨ期だけで1,000名以上が犠牲になった。ドゥテルテ政権下でも、2016年7月から2019年6月までに266名が殺害され、10名が行方不明になっている。

国軍とNPAの戦闘が続くコタバト州

ドゥテルテは、一部軍人を優遇して国軍改革派のクーデターを誘発したアロヨよりも国軍の掌握に長けており、国民からの支持も高い。だが、両者はバヤン系への暴力を黙認することで、統治を強化する点で共通してきた。

こうして考えると、2017年にNPAの武闘派がドゥテルテ政権との和平を破棄した代償は大きかった。この時、和平交渉を通じて停戦合意に至っていれば、その成果を維持したいドゥテルテのもと、国軍や自警団によるバヤン系への暴力に対しても抑止力が働いたはずだ。そうすれば、バヤン系の人々が、身の危険を脅かされることなく、議会闘争や住民運動を通じて、不平等と抑圧の構造を少しずつ改善していける環境が生じるきっかけになったかもしれなかった。