【コラム】なぜドゥテルテ政権は「反テロ法」成立を急ぐのか


日下 渉(くさか わたる)
1977年生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。
大学生の時、ダバオッチ創設者ハセガワらとレイテ島でのワークキャンプ活動にのめり込む。その後、頑張って勉強したり、フィリピン大学に留学したりして研究者になる。気持ちは日本で働くフィリピン人海外出稼ぎ労働者。退職後にフィリピンで暮らすことを夢見ているが、かつてほれ込んだフィリピンの「懐の広さ」や「優しさ」が、どんどん失われているようで少し不安に思っている。2019年9月から1年間、タグビララン市に在住中。
主要著作に、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版会、2013年)、『フィリピンを知るための64章』(大野拓司・鈴木伸隆との共編著、明石書店、2016年)、Moral Politics in the Philippines: Inequality, Democracy and the Urban Poor, National University of Singapore Press and Kyoto University Press, 2017など。


コロナ禍のなか、ドゥテルテ政権は「反テロ法」を早急に成立させるよう議会に求めた。法案は下院を通過し、上院の承認も時間の問題だ。この法案は、テロの定義を拡大して言論活動なども含め、テロ計画者・支援者らには仮釈放なしの無期刑、テロ組織への参加者らには禁錮12年を科すものである。逮捕状なしで拘留可能な期間も17日間から24日間に延長する。だが、なぜ反テロ法を早急に成立させる必要があるのだろうか。おそらく、差し迫ったテロの危機があるからではない。むしろ、コロナ防疫で国軍を大動員したことへの配慮として、国軍の要請に応えるためではないだろうか。

ドゥテルテは国軍に依拠した統治を行ってきた。2016年から2017年にかけては駐屯地を頻繁にまわり、装備の改善と給与の上昇を約束し、国軍の掌握に手間をかけた。彼は米軍との軍事同盟の破棄を示唆したり、中国やロシアから装備を購入すると宣言していたので、親米派の多い国軍の離反を防ごうとしたのだろう。

習近平国家主席との首脳会談

また、共産党傘下の新人民軍(NPA)との和平も目指していたので、それに対する国軍の反発を抑え込む必要もあった。ダバオ市長時代にNPAとの地域的な和平を実現した彼は、この半世紀にわたる内戦を終結すべく、共産党傘下の合法部門「バヤン系組織」から4名も閣僚に登用し、政治犯を釈放して、譲歩を示した。ドゥテルテの恩師で、オランダ亡命中の共産党最高指導者のホセ・マリア・シソンも、帰国を希望して和平に乗り気だった。しかし、釈放されたばかりのNPA強硬派が、さらなる政治犯の釈放を要求し、2017年2月には交渉が頓挫し、戦闘も再開された。その後、バヤン系の閣僚は辞職を強いられ、ドゥテルテはより容易に国軍と組しやすくなった。