【コラム】「真実」をめぐるドゥテルテ政権とラップラーの戦い

2015年10月、大統領選挙への出馬をほのめかすドゥテルテを取材するレッサ (ラップラーの許可を得て掲載/Photo permitted by Rappler)

日下 渉(くさか わたる)
1977年生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。
大学生の時、ダバオッチ創設者ハセガワらとレイテ島でのワークキャンプ活動にのめり込む。その後、頑張って勉強したり、フィリピン大学に留学したりして研究者になる。気持ちは日本で働くフィリピン人海外出稼ぎ労働者。退職後にフィリピンで暮らすことを夢見ているが、かつてほれ込んだフィリピンの「懐の広さ」や「優しさ」が、どんどん失われているようで少し不安に思っている。2019年9月から1年間、タグビララン市に在住中。
主要著作に、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版会、2013年)、『フィリピンを知るための64章』(大野拓司・鈴木伸隆との共編著、明石書店、2016年)、Moral Politics in the Philippines: Inequality, Democracy and the Urban Poor, National University of Singapore Press and Kyoto University Press, 2017など。


ドゥテルテ政権下で、批判的な報道をしたメディアへの威嚇的な措置が相次いでいる。フィリピン・デイリー・インクワイラー紙は、2017年11月、圧力をかけられた筆頭株主プリエト家によってサン・ミゲル社のラモン・アンに売却された。ABS-CBN社は、2020年5月以来、地上波放送を禁止されている。

オンライン・ニュース社のラップラーも、大統領府での取材を禁じられたり、外国資本によるメディア所有を禁じる憲法に違反した疑い等で認可を取り消すと脅されてきた。そして2020年6月15日、マニラ地方裁判所は名誉棄損で、ラップラーの最高経営責任者マリア・レッサに有罪判決を下した。判決が確定すれば、6カ月1日以上6年以下の禁固刑となる。

放送を停止したABS-CBN社

彼女を訴えたのは、華人系実業家ウィルフレド・ケンだ。経緯を説明しよう。2010年5月、翌月に退任を控えたグロリア・マカパガル・アロヨ大統領は、黒い噂の多い法律家レナト・コロナを強引に最高裁長官に任命した。数々の汚職疑惑で訴えられていたアロヨは、彼を使って、退任後の法的追求から身を守ろうとしたのだ。コロナに近い有力者に厳しい目が向けられるなか、2012年5月、ラップラーは、ベニグノ・アキノ3世政権のもと弾劾裁判で失職直前だったコロナとケンとの癒着疑惑を報じた。