【コラム】なぜドゥテルテ政権は「反テロ法」成立を急ぐのか

現閣僚のうち6名が軍人である。これは異例の数だ。政治家優先で官僚組織が弱いフィリピンにおいて、国軍はもっとも官僚化された組織だと言われる。ドゥテルテは、上官からの命令を実直に実行し、社会を統制しようとする国軍組織を、野心を隠し持つ政治家よりも信頼しているようだ。コロナ防疫でも国軍への配慮は目立つ。会見で防疫措置に関して説明すると言いつつも、NPAが支援物資の配給を邪魔したと言って、延々とNPA批判することさえあった。今回の反テロ法も、国軍に依拠した統治を強化しようとする文脈から理解できよう。

ダバオ市内を警護するタスクホース

ただし、反テロ法の目的はNPAよりも、バヤン系組織の取り締まりにあるようだ。共産党は、NPAによる武装闘争を継続する一方で、1998年から施行された政党名簿制選挙では諸政党による議会闘争を展開してきた。2019年選挙では、バヤン・ムーナが3議席、ガブリエラ(女性部門)が1議席を確保し、アナック・パウィス(労働者部門)が1議席を失った。その支持基盤は、全国に散らばるバヤン系の住民組織だ。

政治家や多国籍企業による土地収奪、労働搾取、環境破壊、暴力などのもと、抑圧された人々にとって、バヤン系組織は貴重な異議申し立ての回路になってきた。そのメンバーは、自身や仲間たちへの不正義に黙っていられない、正義感の強く、人懐っこい普通のフィリピン人たちだ。しかし、彼らはバヤン系組織を通じて異議の声をあげると、「赤認定」(red tagging)され、今度は国軍の弾圧に晒される。