【コラム】なぜドゥテルテ政権は南シナ海で中国と距離を置き始めたのか

習近平国家主席との首脳会談

日下 渉(くさか わたる)
1977年生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。
大学生の時、ダバオッチ創設者ハセガワらとレイテ島でのワークキャンプ活動にのめり込む。その後、頑張って勉強したり、フィリピン大学に留学したりして研究者になる。気持ちは日本で働くフィリピン人海外出稼ぎ労働者。退職後にフィリピンで暮らすことを夢見ているが、かつてほれ込んだフィリピンの「懐の広さ」や「優しさ」が、どんどん失われているようで少し不安に思っている。2019年9月から1年間、タグビララン市に在住中。
主要著作に、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版会、2013年)、『フィリピンを知るための64章』(大野拓司・鈴木伸隆との共編著、明石書店、2016年)、Moral Politics in the Philippines: Inequality, Democracy and the Urban Poor, National University of Singapore Press and Kyoto University Press, 2017など。


中国からの経済的利益を重視するロドリゴ・ドゥテルテ政権は、南シナ海における中国の領有権を否定した国際仲裁裁判所の裁定(2016年7月12日)を、あえて強調してこなかった。しかし、この裁定から4年後の2020年7月、大きな変化が生じた。

12日には、テオドロ・ロクシン外務長官が、この裁定は「歴史的権利で、交渉余地のないもの」との声明を出し、ドゥテルテ政権として初めて国際海洋法条約の順守を中国に要求した。13日には、マイク・ポンペオ米国務長官も、南シナ海における中国の領有権主張と海洋進出を「違法」と、アメリカ政府として初めて公式に表明した。なぜ、親中路線をとってきたドゥテルテ政権は、アメリカと連動しつつ、南シナ海をめぐって方針転換し始めたのだろうか。

ドゥテルテの野望と親中外交

前ベニグノ・アキノ3世政権が中国の海洋進出を激しく批判したのに対して、ドゥテルテ政権は親中外交を展開してきた。その理由を理解する鍵は、国内政治にある。

ドゥテルテは、アメリカ植民地期以来100年にわたってフィリピンを支配してきた伝統的エリートに引導を渡し、近年台頭してきた華人系財界人と中国との関係を軸に、新たなエリート層を確立しようとしている。側近クリストファー・ボン・ゴー上院議員は、中国からの開発援助資金を自らの建設会社に流し、地元ダバオのインフラを多数請け負っている。

ダバオ地方の港湾

取り巻き政商のデニス・ウイは、訪中にも同行し、マニラやダバオの港湾整備を受注したり、中国電信と共同で第三のインターネット通信社ディトを立ち上げた。南沙諸島における中国との共同資源調査にも参加する予定だ。