【特集】世界を股にかける人気和太鼓グループ「倭」の公演に行ってみた!

倭公演
倭公演 倭公式Facebookより編集

皆さんこんにちは!ダバオッチのミズキです。6月13日、日本の和太鼓集団「倭」がダバオのフィリピン日系人会国際学校を訪問しました。午前中にはワークショップや記者会見が開かれ、午後には和太鼓パフォーマンスを披露しました。公演は地面が揺れるほど盛り上がり、和太鼓の新しい魅力を見せつけるようなものでした。

今回は、そんな「倭」の1日を取材してきました。「倭」を知っている方もそうでない方も、魂を揺さぶられるような和太鼓の響きや、そこに込められた想いを少しでも共有できたらと思います。ぜひ最後までお読みください!

和太鼓集団「倭」とは

1993年に結成され、今年30周年を迎える和太鼓集団「倭」。奈良県の明日香村を中心に、日本全国と世界54ヶ国で、4,000以上の公演を成功させてきました。使用するのは日本の伝統的な楽器ですが、奏でる音楽はその枠にとどまらず、可能性を広げ続けています。

世界を股にかけ、行く先々で熱いエネルギーを届ける和太鼓集団、それが「倭」です。詳しくは公式ホームページからご覧ください。今回はマニラでの3公演の後、ダバオでの公演となりました。

ワークショップ

朝の10時から11時までを予定されていたワークショップですが、少し早めの9時半ごろにスタート。中学生と高校生がメインで、大学生も何人か参加しました。

最初は太鼓を叩かず、練習するリズムを覚えます。今回練習したのは、公式YouTubeチャンネルでも公開されている「あうん」という練習曲のAパート。さて、太鼓を叩かずにどうやってリズムを覚えるのかというと、「口唱歌(くちしょうが)」という方法を使います。

「どんどんどんどんタロスケどん、どんどんどんどんタロスケどん、タロスケどん、タロスケどん、どんどんどんどんよかったナ」と、叩くリズムに合わせて全力で声を出し、リズムを身体に覚えさせます。

続いて太鼓を叩く時の姿勢です。やや広めに足を広げて立ち、左足を前、右足を後ろにずらします。そしてバチは肩幅で上から下に真っ直ぐおろす……というようなことをレクチャーしています。

そうしてやっと太鼓を叩き始めます。口唱歌である程度覚えたとはいえ、リズムと身体の動きはすぐには一致しません。何回も繰り返しながら、先ほど覚えたリズムを練習します。

太鼓を叩けるようになると、次は「和太鼓らしい動き」の練習です。パフォーマンスとしてより華やかにするために、「よっ」「構えて」などの掛け声に合わせて、動きを合わせます。これができるとかなり和太鼓パフォーマンスっぽさが出てきて、楽しくなってきました。

途中で一旦休憩を挟み、今度は左右で2つのグループに分けて練習していきます。「よっ」の掛け声に対応するポーズをそれぞれのグループで作り、オリジナリティを出します。

途中経過をお互いに見せ合いつつ、集大成として両グループで合わせて完成!全員汗びっしょりになりながらも、最後まで楽しそうに和太鼓を叩き切りました。

ワークショップの後には「倭」の皆さんで今回の「あうん」を見せてくれました。単純なリズムですが、揃い方や魅せ方がすごいですよね!

最後に写真撮影や参加賞の賞状を生徒一人ひとりに手渡して、終了!

記者会見

場所を移して11時から12時まで行われた記者会見では、「倭」代表の小林正晃さんが、この活動への想いやダバオにきた経緯などを語られました。また、向かって左に座る、ミンダナオ国際大学のイネス・山之内・マリャリ学長と、右に座る、国際交流基金マニラ日本文化センターの鈴木勉所長も、今回の公演についてそれぞれの角度でお話してくださいました。

小林さん曰く、元々この活動は、他の多くの和太鼓グループと同じように、お祭りのための一時的なものだったそう。しかし学校などからオファーが来るようになり、予想外にも活動は継続。ある日、新聞に載るという話をもらった際に、小林さんは初めて、当時名前のなかった和太鼓集団に「倭」という名前をつけました。日本にとって、そして彼の地元奈良にとって、「倭」という言葉が大切なものだというのが名前の由来です。

それから4,000以上の公演を世界各地で行いましたが、2020年から、急に仕事がなくなってしまいました。新型コロナウイルスによる規制が活動の幅を狭めました。当時鈴木さんが出していたオファーも、これにより断念せざるを得ず……。「倭」は、YouTubeなどオンラインで活動を続けることになりました。

そういったこともあり、今回の公演にはリベンジの意味合いも含まれていました。2021年、マニラ向けのオンラインコンサートで「フィリピンに来ると約束して!」と観客からの強い要望を聞いた鈴木さんは、今回のフィリピン公演のために奔走したそうです。

それだけでなく、今年2023年は、日本ASEAN友好協力50周年、さらに、ダバオへの移民120周年の節目でもあります。次世代へのベンチマークとなるこの年に、日本と縁深いダバオの地で公演を行うことは、日本とASEAN双方にとって意味のあることになる、と鈴木さんは語ります。

この写真の前に並べられているのは、「倭」からフィリピン日系人会国際学校宛に寄付された和太鼓。「倭」は行く先々で和太鼓の寄付をお願いされるらしいのですが、実際に寄付をするのは実はこれが初めて。全部で14台の和太鼓がフィリピンに寄付され、ダバオの日系人学校で8台、マニラの日系人学校で6台と配分されたそう。

イネス学長は、「これはこの学校への寄付ではありません。生徒たちがこの和太鼓をダバオ市内のさまざまなところで演奏することで、ダバオ市民にもその音色が届けられる。これはダバオ市民への寄付なのです」と語るほか、小林さんも、「太鼓は世代から世代へと受け継いでいくもので、単なるものではありません。ものをあげたいのではなく、魂をあげたいという思いでこれを寄付することにしました」と、今回の寄付の意図を明かしました。


また、記者からの「どのように和太鼓を練習するのか」という質問に対しては、先ほど紹介した「口唱歌」を、団員を呼び集めて実演する場面も。

実は筆者はこれが記者会見デビューだったのですが、小林さん、イネス学長、鈴木所長の想いが伝わるような、暖かくも真摯な雰囲気の記者会見でした。

「倭」ダバオ公演

さて、いよいよお待ちかねの公演!18時に開始した公演は20時前まで続きました。が、残念なことに、写真、動画撮影が禁止……!この写真は、公式Facebookの写真を、許可をもらって使わせていただいています。写真だけだと大人しく座っていますが、これは挨拶の時だけ。

ひとたび演奏が始まると、自分の声も聞こえないくらいの大歓声がワッと沸き立ち、それが演奏のあった1時間半ずっっっっと続くのです。

提灯を片手に持ちながら、4人で丸く並べた4台の宮太鼓(太鼓の達人で叩くやつ)の周りをぐるぐる回って叩く1曲目で、既にボルテージはマックスに。続いて一番小さな締太鼓(写真で演奏されているやつ)5台だけで緩急のついた音色を披露し、会場を沸かせます。

MCでは、カンペに書いたビサヤ語で挨拶やトークを回し、「マアヨ、マアヨ(Good good、たぶんニュアンスとしては「よきかな、よきかな」)」が大ウケ。筆者の後ろに座っていた中学生くらいの男の子たちはMCの度に「マアヨ、マアヨー!」と叫んでいました(笑)。

さらにコミカルな動きも交えて太鼓の種類を紹介したり、そのままダンスバトル形式の太鼓バトルが繰り広げられたりと、エンターテインメント性に富んだパフォーマンスで時間があっという間に過ぎていきました。太鼓バトルは腕を交差させながら残像で腕が4本に見えるくらいの速さで複数の和太鼓を叩き上げ、歓声がとんでもないことになっていました。

他にも、太鼓だけでなく、笛や三味線、鉦(カネ)を使った曲もあり、鉦だけで演奏される曲は、言葉もないのに笑えてしまう面白さ。コールアンドレスポンスも活発で、しかも観客のノリが特別良かった(らしい)今公演は、演奏している「倭」の皆さんも楽しそうでした。

記者会見の時に小林さんが語った、「僕らは演奏を通じてエネルギーを届けますが、同時に観客の皆さんからエネルギーを受け取ってもいます。つまり交換しているんです」という言葉が、実体を持って感じられるような瞬間でした。

公演のアンコールでは、和太鼓と笛でフィリピンの国歌を演奏するというホスピタリティを発揮してくれ、会場の全員が最初から最後まで全身で楽しんでいたのが印象的でした。

まとめ

これまでの和太鼓の概念をことごとく打ち壊すような革新的なパフォーマンスを見せてくれた「倭」。あの公演を見ることができて、筆者の人生ってめちゃくちゃラッキーなんじゃないかと思うほど凄まじいものを見せてもらいました。

倭の皆さんは朝6時から10kmのランニング、その後お昼まで筋トレ、お昼を食べたら7時までひたすら太鼓の練習と、とんでもないスケジュールで毎日を過ごしています。それがあの鍛え上げられた身体と、鍛え上げられたパフォーマンスを生み出しているのでしょう。筋肉は裏切らないとはこういうことです。

気になった方は是非、公演にお申し込み……までは行かずとも、「倭」公式ホームページ公式Facebookをご覧ください!

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