【コラム】「真実」をめぐるドゥテルテ政権とラップラーの戦い

次に、ソーシャル・メディアを通じた情報操作にとって邪魔だからだろう。2016年選挙で資金力に劣るドゥテルテ陣営は、テレビ・ラジオ広告費を賄えず、広告業界からマーケティングの専門家を雇い、ソーシャル・メディアを活用した。その指揮を担ったニック・ガブナダは、インフルエンサーと協働し、1,000万ペソの資金で低賃金と不安定な雇用に悩む若者から400から500名を月3万から7万ペソで雇った。彼らは複数の偽アカウントを用いて、偽ニュースサイトを作成したり、地域ごとのネットワークを通じて情報を拡散していった。それに触発された多くの海外出稼ぎ労働者や一般市民も、ボランティアで情報の拡散に寄与した。

ドゥテルテ大統領と支援者ら

もっとも、組織化された偽情報の拡散が、人々を一方的に洗脳したのではない。むしろ、情報操作に関与した者たちが、一般市民の抱える不安や希望を理解し、その深い共感を誘うような投稿を生み出すことで、ドゥテルテへの支持を高めていったのだ。彼らの投稿では、腐敗したエリートと犯罪者の巣くう既存の「腐ったシステム」が、人々の自由と社会上昇を妨げており、それを破壊できるのはドゥテルテしかいない、というメッセージが強調された。こうしたメッセージは、人々の実体験や感覚と共鳴し、ある種の「真実」を作り上げた。

この「真実」に対して、ラップラーの報道は、理想化されたドゥテルテ像を傷つけ、無実の子供まで巻き添えにする麻薬戦争の不正義を伝えるノイズに他ならない。それゆえ、ドゥテルテ政権は、ラップラーを、偽情報によって国益を損ねるアメリカの情報機関などと批判してきた。たしかに、同社には親米反中の傾向があるが、これはフィリピンの多数派と同じだ。また、前アキノ政権に近い立場をとるのは、民主化闘争を戦った穏健改革派の記者が集っており、その仲間の多くが同政権に参加したからである。だが、こうした「偏向」は、ラップラーの本質ではない。