【コラム】ABS-CBN放送停止にみるドゥテルテの野望

ドゥテルテハウス

日下 渉(くさか わたる)
1977年生まれ。名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。
大学生の時、ダバオッチ創設者ハセガワらとレイテ島でのワークキャンプ活動にのめり込む。その後、頑張って勉強したり、フィリピン大学に留学したりして研究者になる。気持ちは日本で働くフィリピン人海外出稼ぎ労働者。退職後にフィリピンで暮らすことを夢見ているが、かつてほれ込んだフィリピンの「懐の広さ」や「優しさ」が、どんどん失われているようで少し不安に思っている。2019年9月から1年間、タグビララン市に在住中。
主要著作に、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版会、2013年)、『フィリピンを知るための64章』(大野拓司・鈴木伸隆との共編著、明石書店、2016年)、Moral Politics in the Philippines: Inequality, Democracy and the Urban Poor, National University of Singapore Press and Kyoto University Press, 2017など。


5月5日夜、国内最大の通信社ABS-CBN社がラジオやテレビの放送を停止した。国家通信委員会が、4日に免許が失効したとして放送停止を命じたのだ。もともとドゥテルテ政権は、同社が2016年選挙でドゥテルテ派の広告を放送しなかったり、「麻薬戦争」を批判的に報じたり、外資を経営に参加させていると批判してきた。

大統領の支持者の多くは、この決定に喝采を送っている。彼らは、ABS-CBN社が多くの法令違反を行ってきたという政府の指摘を受けて、同社を「パサワイ」(規則を守らぬ頑固な悪者)と呼ぶ。この言葉は、麻薬密売者や常習者、コロナ対策の防疫違反者などを対象に、ドゥテルテ政権下で広く使われてきた。いわば、より良きフィリピンの未来を作るために、撲滅すべき「悪しき他者」を象徴する言葉である。「フィリピンを発展させるためにはパサワイの排除が不可欠だ」という国民の信念が、ドゥテルテ政権を支えてきたといってもいい。

ドゥテルテ大統領は未だに80%以上の支持率があり、国民からの人気が高い

これに対して、大統領に批判的な市民は、ドゥテルテ政権が権力を濫用して報道の自由を侵害し、国民の「知る権利」を奪っていると批判する。この論理を支えるのは、国家権力からの自由を重視する自由主義である。だが、今日のフィリピンでは、自由主義は人気がない。「人々が自由をはき違えた結果、社会や政治の混乱が生じてきたので、国家の強権によって人々に規律を植え付けていくことが必要だ」というのが、支配的な考え方だからである。それゆえ、自由主義に基づく政府批判は成功しないだろう。