【コラム】なぜドゥテルテ政権は南シナ海で中国と距離を置き始めたのか

2019年選挙でアキノ家に近い伝統的政治エリートを上院から駆逐すると、2020年からドゥテルテ政権は、伝統的財界エリートのビジネスに、汚職疑惑で経営差し止めの脅しをかけて株価を下げさせ、売却を迫ってきた。アヤラ家とマニュエル・パンギリナンが手掛ける首都圏での水道事業に、ライセンス剥奪の脅しをかける。

パンギリナンは南沙諸島における中国との共同資源調査の権限を得たものの、その主導権をめぐってウイやドゥテルテとの確執が生じているようだ。その後、アヤラ家は水道事業を、港湾・カジノ事業を手掛けるエンリケ・ラソンに売り渡した。5月には、ロペス家の所有するABS-CBN社のテレビ・ラジオ放送を停止させた。その経営権の奪取を狙う有力候補の一人はウイだろう。

要するに、ドゥテルテの中国への接近は、純粋な外交戦略に基づくというよりも、国内における新旧の政治経済エリートによる派閥闘争の一環なのである。

 

ドゥテルテにとっての南シナ海問題

領土問題について、ドゥテルテ政権は、現時点での実効支配に基づく中国との「棲み分け」を前提にする。100名以上の住民を置き、飛行場や港湾を整備してきたパグアサ島や、天然資源に豊富とされるレクト礁に近いアユンギン礁など、実行支配する8島と3礁の確保を重視する。他方、1990年代から中国に実効支配を奪われ、軍事化を進められてきたミスチーフ礁、スカボロー礁などについては、所有権を主張しつつも、中国と漁業権と資源採掘権を共有できれば良いと考えているようだ。

日比海保合同訓練

ただし、ドゥテルテ政権は、中国の海洋進出を牽制するために、デルフィン・ロレンサナ国防長官や、ロクシン外務長官といった親米派の閣僚を使って対米関係も維持してきた。アメリカによる南シナ海への介入は、ドゥテルテ政権にとって、中国の海洋進出を牽制しつつ、さらなる経済的利益を引き出す手段にもなれば、対中関係を不安定化するリスクにもなりうる。時に一貫しないように見えるドゥテルテ政権の外交は、後者のリスクを避けつつ、前者を追求してきた結果だと理解してよい。