「1日の稼ぎの半分以上がガソリンに消えていく。子供たちの夕食のおかずが、1品、また1品と消えていくんだ。地獄だよ。」
ダバオ市内のショッピングモール前。いつもなら威勢よく客を誘うトライシクルドライバーのブランダーさんが、消え入るような声でつぶやきました。彼の視線の先にあるのは、かつての2倍以上に跳ね上がったガソリンスタンドの掲示板。そこには、ダバオ市民がこれまで見たこともないような数字が並んでいます。
2026年3月24日、マルコス大統領による「国家エネルギー非常事態」の発令。 中東での軍事衝突、そして生命線であるホルムズ海峡の封鎖。遠く離れた異国の争いが、今、私たちが毎日乗るジプニーの運賃を、食卓に並ぶ野菜の値段を、そしてダバオの夜の明るさまでも変えようとしています。
「地獄だよ」と笑うしかないドライバー。 バイク通勤を諦め、満員の無料バスに列を作る会社員。
これは遠い国のニュースではありません。今、私たちが暮らすダバオの路上で起きている悲劇です。
一体、ダバオの街で今、何が起きているのか? そして私たちはこの「非常事態」とどう向き合えばいいのか?
悲鳴を上げる現場の「生の声」を徹底取材しました。
目次
【数字で見る】衝撃。1ヶ月前は「遠い昔」のこと

まずは私が今日、ダバオ市内のガソリンスタンドで目にした「現実」を見てください。
1ヶ月前には想像もできなかった景色が、今の私たちの目の前に広がっています。ガソリンスタンドは従来の電光掲示板では高騰する3桁のガソリン価格に対応できず、手作りの張り紙で代用をしています。
この数字が意味する「異常」
特筆すべきは、本来ガソリンより安いはずのディーゼル(125.70ペソ)が、ガソリン(97.40ペソ)を約28ペソも上回っているという逆転現象です。 ジプニーやトラックの多くがディーゼル車であるダバオにおいて、この17.8ペソもの一週間での上乗せは、物流と公共交通の「息の根」を止めかねない一撃です。
Vパワーディーゼルに至っては、ついに137ペソ。 「先週は119ペソだったのに……」と、電光掲示板の前で立ち尽くすドライバー。その背中には、明日への不安が重くのしかかっています。
なぜ今、こんなことに?「国家エネルギー非常事態」の正体

2026年3月24日、マルコス大統領は「国家エネルギー非常事態」を宣言しました。フィリピン全土で非常事態宣言が発令されたのは、あのパンデミックによるロックダウン以来、実に6年ぶりとなる歴史的な決断です。
原油の輸入の9割以上を中東に依存するフィリピン。事態を重く見た政府は、大統領令第110号に基づき、緊急支援枠組み「UPLIFT(アップリフト)」を即座に稼働させました。
政府が打ち出した3つの緊急策
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物流の死守: 食料や医療品を運ぶトラックへ燃料を優先配分し、社会機能を維持する。
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便乗値上げの監視: エネルギー省が直接介入し、不当な価格吊り上げを厳しく取り締まる。
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セーフティネット: 公共交通への燃料補助金の支給加速と、無料バス(フリーライド)の増便。
しかし、この緊急策をもってしても、ダバオの街に安らぎは戻っていません。 「補助金が足りない」「無料バスはいつも満員」。そんな悲鳴が上がっており、現場は「支援を待つ余裕が消えつつある」のがリアルな現状です。
政府が掲げる「供給の安定」という理想と、上がり続ける掲示板を見て震えるドライバーたちの現実。両者の間には、決して埋まらない深い溝ができています。
政府声明と現場の「埋まらない溝」

さらに、人々の困惑に拍車をかけているのが、3月23日に出された政府の公式見解です。
「フィリピンに石油危機(オイルクライシス)は存在しない」 大統領府のクレア・カストロ報道官は、十分な石油在庫があり、輸入交渉も順調であると明言。「供給は安定的である」と国民に冷静な対応を呼びかけた。
政府の言う通り、確かにガソリンスタンドに「油」はあります。しかし、今人々が直面しているのは「モノがない」恐怖ではありません。「モノはあっても、手が届かないほど高い」という経済的な枯渇です。
政府が「供給は安定している」と胸を張る裏で、ダバオの路上では1週間に20ペソ近くも跳ね上がる価格に、ドライバーたちが絶望しています。100万バレルの石油が届くころには、市民の生活は破綻しているかもしれない。
「危機はない」という政府の言葉が、掲示板を前に立ち尽くす人々に、どれほど空虚に響いていることでしょうか。
【断絶】「運賃据え置き」という名の、残酷な慈悲

ガソリン価格が137ペソに達した今、ダバオの街では公共交通機関をめぐって「深刻な意見の対立」が起きています。それは、市民の意見を真っ二つに割る、出口のない議論です。
乗客の50%:「これ以上上がれば、生活が壊れかねない」
マルコス大統領が「共和国法12316号」に基づき、公共料金の引き上げを凍結したことに、市民の半数は安堵しています。
「お米の値段も上がっているのに、ジプニー代が15ペソや20ペソになったら、子供を学校に通わせられない」
そんな切実な声が響いています。また、多くの乗客はこれまでの不信感を隠せません。「ガソリンが上がればすぐ運賃を上げるのに、世界的に原油が安くなっても運賃が元に戻った試しがないじゃないか」と。彼らにとって、一度決まった「臨時値上げ」は、なし崩し的に「新しい日常」にされてしまう恐怖なのです。
ドライバーの50%:「タダ働きという名の、緩やかな崩壊」
一方で、残りの半数は、ジプニーやタクシーのドライバーたちが直面している「絶望」に胸を締め付けられています。今のダバオで、1日にディーゼル代として3,500ペソを支払い、家族のために持ち帰れるのはわずか400ペソ(約1,000円弱)程度。これはもはや「生業」ではありません。
運賃を低く抑えて乗客を守るということは、実質的に「ドライバーにタダ働きを強要している」のと同じです。1日中ハンドルを握り、家族の食事さえ用意できない現状は、まさに生活の「緩やかな崩壊」そのものです。
「空っぽの皿」を奪い合う、二つの弱者と「13ペソの現実」
運賃凍結により、ジプニーの最低運賃は法的には依然として13ペソのままです。しかし、ドライバーたちの困窮は限界に達しています。
この「13ペソの現実」に対し、街ではドライバーたちの必死のもがきが見られます。一部のジプニーには、最低運賃「15ペソ」の支払いを乗客にお願いする手書きの張り紙が貼られ始めました。これは法的な強制力を持たない、ドライバーの生き残りをかけた切実な訴えです。
「運賃を据え置くこと」は、乗客にとっては救いの『慈悲』ですが、ドライバーにとっては生活の終わりを告げる『宣告』となります。
人々は今、一つの残酷な事実に直面しています。それは、政府が燃料消費税(Excise Tax)の減税という抜本的なメスを入れない限り、同じ「空っぽの皿」を前にして、共に苦しむ二つのグループが互いに争う姿をただ眺めているだけだということです。
ステアリングを握る人々の「悲鳴」:現場の生の声
トライシクルドライバーの嘆き
ダバオ市で働くトライシクル運転手の一人は、燃料価格の高騰により、日々の生活費を稼ぐのがますます厳しくなっています。価格の上昇によって収入が減っただけでなく、働く時間も短くなってしまったと話しました。

「以前は100ペソもあれば、2リットルくらいは燃料が買えたんだ。でも今じゃ、180ペソ払ってもプレミアムガソリンがたった1リットル程度。収入は減るし、走れば走るほど赤字になるから働ける時間も削られる一方だよ。
燃料代はこんなに上がっているのに、運賃改定はまだ承認されていない。勝手に上げるわけにはいかないから、運賃は据え置いたままだ。値上げに不満を漏らすお客さんもいるし、今は多くのドライバーが耐えるしかないと考えている。でも中には、今の状況を察して自分から多めに運賃を渡してくれるお客さんもいて、それは本当にありがたいことだ。
俺も他の多くのドライバーと同じで、このトライシクルは『カープラン』で会社から借りているものなんだ。毎日オーナーに200ペソも支払わなきゃいけない。運が良ければ手元に250ペソくらい残ることもあるが、そんなの保証されてない。稼ぎのほとんどが燃料代に消えてしまうんだ。朝150ペソ分給油しても、午後4時にはもう空っぽになっちまう。1日の稼ぎの半分以上がガソリンに消えていく。家では子供たちの夕食のおかずが、1品、また1品と消えていくんだ。地獄だよ。
今は学年度も終わって(夏休みに入って)乗客がさらに減ったから、状況はもっと深刻になりかねない。もしこれ以上事態がよくならないなら、運転手を辞めるしかないかもしれない。このまま食えなくなったら、もう故郷に戻って、イモでも植えて暮らすつもりだよ。とにかく、政府には俺たちドライバーを助けるために動いてほしい。今、ハンドルを握り続けるのは本当につらいことなんだ。」
ジプニードライバーの嘆き
![[ジープ写真]](https://davawatch.com/wp-content/uploads/2022/12/49bcd2ca9f5ba1d907ae45274f6d2808-scaled.jpg)
「とにかく必死に働く。今はただ、耐えるしかないんだ。政府の援助(5,000ペソ)をもっと増やしてほしい。今の物価では5,000ペソなんて、あまりにも少なすぎる。燃料代の高騰で本当に生活が苦しい。それなのに、遠くまで行くのに平気で安い運賃しか払わない乗客がいるんだ。余裕のある人は、この危機を肌で感じていないのかもしれない。乗客に少しの思いやりがあればいいのに。荷物が多くて遠い場所なら、少し多めに払ってくれるとかね。他にお客さんを乗せられないんだから。 みんな生きるのに必死なこの経済状況だけど、せめてもう少しだけ、優しくなれないかな。難しいことじゃないはずなのに。」
地元を離れてダバオで働く会社員女性
「市内を走るジプニーやトライシクルだけじゃないんです。ホームタウンに帰るためのバス代が、信じられないスピードで上がっています。先週まで85ペソだったのに、今週は150ペソ。たった1週間で倍近い出費です。
週末に家族に会えることが、私にとって一番の生きがいでした。でも、今の経済状況を考えると、帰省の頻度を減らさざるを得ません。辛いのは私だけじゃない……。今はただ、この事態が収束するのを辛抱強く待つしかありません。仕事に関しても変化がありました。週一でオンラインワークが導入されて、ライフスタイルまでも変化が強いられている状況です。」

また他にも3/27日にダバオ市内で予定されていたドライバーによるストライキが中止されました。
当日はいつものように朝早くから、街には多くのジプニーが走っていたのです。仲間が休んでいる間に少しでも稼がなければ、今日の米すら買えない。団結よりも生存を選ばざるを得ないほど、現場は困窮している。明日も見えない暗闇の中で、ドライバーが闇雲に走り続ける光景が見えてくるのではないでしょうか。
まとめ:不透明な未来、それでも前を向くために
中東情勢の先行きは見えず、エネルギー価格がいつ、どの水準で落ち着くのかは誰にも分かりません。もしかすると、1リットル150ペソという更なる「未知の領域」に突入する可能性すら否定できないのが現状です。
しかし、この暗雲の中でも、事態は刻一刻と動き続けています。 マルコス大統領の宣言通り、政府はあらゆる可能性を模索しています。代替調達先として「ロシア産原油」の輸入が噂され、ここダバオには「ブルネイ産原油」が到着したというニュースも入ってきました。国を挙げて、この供給網の寸断を食い止めようとする必死の足掻きが続いています。
人々は今、間違いなく「エネルギー非常事態」という大きな嵐の渦中にいます。 でも、一人一人が現実を正しく知り、知恵を出し合い、そして何より隣人を思いやる心を持ち続けることで、この困難な季節を乗り越えられるはずです。
ダバオッチはこれからも、街のリアルな姿を伝え続けます。






