【コラム】「ビサイヤ語」その1 「ビサイヤ語」という言語はありません(笑)

さて、そんなビサイヤ語ですが、言語学の事典などを探しても、ビサイヤ語という項目はありません。なぜならビサイヤ語というのは、「ビサイヤ地方の言葉たち」の総称だからです。ビサイヤ地方というのはセブを中心としたフィリピン中央部の島嶼地域を指します。その一帯にはセブアノ語、ボホラノ語、ワライワライ語、スリガオノン語など、さまざまな言語があります。これらの言語同士は「別言語と言えば別言語だけど、まあ方言とも言えなくはないかな、お互い、なんとか通じるしね」くらいには似ているので、ぜんぶひっくるめて「ビサヤ語」とざっくり呼ばれているわけです。大阪の言葉も神戸の言葉も京都の言葉も全部ひっくるめて「関西弁」と呼ぶような感じに似ているかと思います。

lanuage dialect
©Shinya Sawamura

では、なぜビサイヤ地方ではないミンダナオ島で、ビサイヤ語がつかわれているのでしょうか?歴史的には、ダバオ周辺で使われていた言語はバゴボ語やマノボ語、マンダヤ語といった言語です。それが第二次世界大戦以降、人口が爆発的に増えたビサイヤ地域からの移住者が大挙してやってきて、その人たちが町を拡げていったことから、もともと住んでいた人たちは周辺に追いやられ、現在ではビサヤ語がダバオの中心的な言語になったのです。

とはいえ、移住者たちがみんなセブ出身だったり、ボホール出身だったりするわけではないので、言語はセブアノでもボホラノでもなく、その混交である「ビサイヤ語」と呼ぶにふさわしいものになりました。さらにはマニラのほうからの言語の影響、スペイン語の影響、英語の影響もあって、それらが混じり合い、なんとも独特な言語に成長しています。単語レベルでは日本語の影響もあったりするくらいです。

この独自進化に教育制度が拍車をかけました。長年にわたってフィリピンでは「現地語なんかより英語やフィリピノ語を勉強しなさい!」という風潮があったので、 ビサイヤ語は「これが正しいビサイヤ語です」という教科書のようなものが作られることなく、学校で教えられることもなく、自由にのびのびと、枝葉を伸ばしていくことになったんです。