【コラム】コロナ禍で生まれ変わる?田舎の生活モデル


澤村信哉(さわむら しんや)
1976年生まれ、孤児院HOJ副院長。横浜国立大学卒業。
1999-2006年はフィリピン、ミンダナオ島にて、2006-2008年はブルガリア共和国ルセ市にて日本語教師として働き、教科書作成や教員育成にも注力。2008年からフィリピンに戻り、児童養護施設ハウスオブジョイの運営に携わる。現在は約20人のこどもたちと一緒に暮しながら、こどもの自立支援や就学支援のためのプロジェクトを手掛けている。
特技は20種類以上の楽器演奏と、主たる収入源でもある似顔絵描き。ダバオッチ創設者ハセガワが初めてダバオを訪問した2005年に面倒をみたのは実は私である。


新型コロナの感染からほぼ1年。フィリピンの田舎のコロナ状況の報告です。 私が住んでいるのはダバオ市から車で2~3時間東に行ったところにある「ダバオオリエンタル」という地域の中でもさらに田舎のサンイシドロという町です。ダバオオリエンタルの人口は55万人、サンイシドロの人口は3万6千人ですから、ダバオを東京に見立てた場合の、千葉の館山みたいな場所だと思えばまあ、位置関係的にも田舎さもそんなにはずれてないと思います。

そのダバオオリエンタル州が、思った以上にちゃんと、ほぼ毎日感染者数の発表を行っているので、私は去年の3月以降、ずっとそのデータを記録し続けてきました。それをグラフにまとめたものが、こちらです。縦軸が人数、横軸が時間経過です。

3月~5月中旬「ロックダウン期」
ロックダウンと言っていいくらいに規制が厳しく、そのぶん、ほとんど感染が抑えられていた。

5月末~8月中旬「帰郷者支援による増加」
海外や都市部に出稼ぎに行っていた人が失職した上に戻ることもできずに困窮していたのを、国策として地元に帰らせようという帰郷者支援プロジェクトが始まり、感染対策はしていたものの、やはり漏れがあって感染が広がりはじめた。

8月下旬~12月下旬「拡大阻止」
ある程度帰郷が進み、新たに帰ってくる人数が減ったことと、生活圏内での規制が緩くなる一方で他地域との行き来の制限が厳しくなり、人の往来が減ったことにより、新規感染者数と治癒する人数が均衡し、感染はある程度抑えられた。

1月~2月上旬「クリスマス感染」
半年近く感染が抑えられていたことの気のゆるみと、「クリスマスに親族や友達でパーティ―しないなんてありえない」ということで、人が集まる場面が多かったこともあり、一気に感染が拡大。涼しい日が続いたのも要因かもしれない。このまま感染爆発するかと不安だったが、2月中旬になって収まり始める。