6月24日、前フィリピン大統領であるベニグノ・アキノ3世氏が亡くなった。61歳だった。アキノ前大統領の死を受けて、ダバオ地方でも悲しみの声があがっている。ダバオ地方の様子や、アキノ前大統領の功績について振り返っていこうと思う。
ダバオ市役所は、前大統領の魂が安らかであることを祈ってほしいと、声明を出して呼びかけた。そして、「ダバオ市役所は、ベニグノ・アキノ3世前大統領の魂が永遠に安らかであることを願っています」と発表した。また、埋葬されるまでダバオ市すべての国旗を半旗にするとも発表した。
ダバオデオロ州のJayvee Tyron Uy州知事は、亡くなった前大統領の家族に哀悼の意を表した。「私たちは半旗を揚げ、フィリピン共和国第15代大統領であるベニグノ・アキノ3世氏に最後の敬意を示します」と、自身のFacebookに投稿した。また、Uy州知事は、台風Pablo(和名:平成24年台風24号)が同州を襲った際、アキノ前大統領が支援してくれたことを覚えているともコメントした。「私たちは前大統領が全力で私たちを支援してくれたことを覚えています。社会プログラムやインフラ建設プロジェクトをとおして台風の被害から復興する際には、特に力を貸してくれました」とUy州知事は語った。
アキノ前大統領は、6月24日木曜朝にケソン市のCapitol Medical Centerに救急搬送された。その後、12時39分、小さなフィリピンの国旗をつけた救急車が、同センターを出た。これは、アキノ前大統領をTaguig市のHeritage Parkに移送されたものと考えられる。
アキノ前大統領は、2010年6月30日から2016年6月30日までの6年にわたり、フィリピンの第15代大統領として活躍した。この期間には、フィリピン自由党の委員長も務めた。そして、任期中は一般企業のすべての職員が生産性をあげるため、継続してインセンティブを与える活動に取り組んだ。例えば、貿易産業省の権限を調整して消費者に関する法律が効果的に働くようにする、労働者の賃金率の増加および調整について述べた法令遵守をしない企業へのペナルティを加算するというものだ。
フィリピンのため、国民のために精一杯任期を全うしたアキノ前大統領を弔う声は、ダバオ地方に限らず、フィリピン各地から寄せられている。